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2020年11月

2020年11月27日 (金)

11月随時会議・文教厚生常任委員協議会(第8期介護保険計画素案説明・小学校クラスター説明)

11月27日に本会議があり、即日採決で可決しました。

【主な議案】
●期末手当支給率の変更
・職員、議員、特別職の給与に関する条例の一部変更
・補正予算
*人事院勧告に基づき一般職の期末手当引き下げ

●北朝鮮による拉致問題の早期解決を求める意見書

【専決処分報告】
●緊急経済対策事業 5700万円追加
*11/20が申込締切のかしわざきスーパーGOTOイート申込が予定人数を超えた為。

陳情2件
・自家増殖を原則禁止とする種苗法「改定」の取りやめを求める陳情
・新型コロナ禍による米価下落対策に関する陳情

 

午後からは文教厚生常任協議会が開催されました。

【第8期介護保険事業計画・素案説明(介護高齢課)】

・3年ごとに策定される国の計画に基づく。
・介護保険運営協議会で3回検討を行い11/12に承認を得た。
・最終的には介護保険・報酬改定の結果を盛り込む。
・75歳以上の後期高齢者がピークに達する「2025年問題」65歳以上がピークとなる「2040年問題」を見据える。
・アクティブシニア活躍、介護人材確保に重点を置く。
・地域包括ケアシステムをさらに推進する。
・感染症対策はボリュームが大きすぎて盛り込んでいない。
・ハード整備は行わず、7期で整備した介護サービス基盤(ハード)が十分機能するよう人材確保に力を入れる。
・人材確保は先進的な事業所の好事例をもとに、専門家のアドバイスも入れるなどして全体の引き上げをはかる。
・予防・健康管理を自助の基本とし、ひとりひとりの健康寿命延伸を目指す。

【荒浜小学校クラスターについて(教育委員会、福祉保健部、防災原子力課】
<はじめに>
・感染拡大にご心配おかけしたことを謝罪。
・職員の陽性確認以来、結果として拡大。
・感染源は不明だが教員に複数発生し子ども達にも発生したことについては重く受け止める。
・現在は職員、子ども達含めてケアを行い、1日も早い学校再開を目指している。
・感染した児童、職員へ心からお見舞い申し上げる。
・小中学校での消毒作業員、感染対策講じながらも発生
・人権への配慮をお願いしたい。

<経過>
・11/20に発熱した20代教員が医療機関を受診し、抗原検査にて陽性発覚(市内12例目)。
・校長が前日から発熱し、20日は欠席していたが12例目の発症を受けて検査し陽性発覚(13例目)
・その後、体調不良の教職員4名がPCR検査を受け、3名が陽性発覚。
・11/21に陽性だった教員のクラス児童および残りの教職員が検査を受け、多くの陽性者が確認された。
・330名を超える関係者がPCR検査を受けた。現時点(11/27)での累計は教職員12名、児童9名が陽性。
・陽性者の家族(濃厚接触者)も含め、感染が拡大されている。
・陽性者の中で重症者はなく児童は皆、元気にしている(無症状)。

<学習保障>
・11/24~12/4休校とする。家庭学習用の課題を印刷して各家庭に配布。入院中の児童は後日対応。
・3日に1回電話で確認しながら学習指導を行う。

<心のケア>
・市内精神科開業医から全体的な指導を受ける。
・県のスクールカウンセラーを依頼し2名増員。
・子どもの発達支援課から臨床心理士を派遣し、ケアに努める。

<質疑より>
・行動履歴の調査権限は県が持っているため、市は直接の情報を持ち合わせない。
・教職員の出勤管理は管理者権限(=県教委)となる。
・教室や教員室が狭い場合の対応は市教委が指導しているが、最終的にやるかやらないかは管理者判断。
・感染が他の施設にも拡大しないよう、公共施設の感染防止対策はさらに徹底。
・陽性者は入院し、陰性であっても濃厚接触者は2週間外出は控える。
・陽性者に対する連絡や経過観察は県との協定により市の健康推進課が担う。
・休校中は各家庭に弁当(牛乳付)を届ける。市職員32名が2名1組となり16班が配達。
・入院中の低学年児童には県が調整しながら可能な限り配慮。
・陽性者の対応はこれまでは症状の有無に関わらず入院が基本だったが、疫学的見地に基づき対応が変わる。
・宿泊施設、自宅、施設内でのゾーニングなど個別対応で判断。
・退院基準は症状が軽快し、発熱・咳などの症状が亡くなった場合、24時間以上あけて2回PCR検査を行い陰性が確認された場合、医師が退院の可否を判断する。
・荒浜児童クラブは12/5まで休止。松波保育園は開園。
・市内20以上の医療機関で発熱症状がある場合、PCR検査または抗原検査が可能。医療機関同士で連携し早期の検査結果を出す。
・医師会の協力で開設したPCRセンターは休止。状況に応じて再開。

感染症患者の把握および教職員の出勤管理等は「県」が行うため、市がコントロールできない状況が伝わってきました。
感染された方々が無事に回復すること、および早期の収束を願います。

 

2020年11月22日 (日)

北朝鮮を取り巻く情勢と拉致問題解決への道

11月19日、北朝鮮の拉致被害者であった蓮池薫氏の講演会に参加しました。(主催:柏崎地域国際化協会)

以下はその内容メモです。

201119

「北朝鮮を取り巻く情勢と拉致問題解決への道」

1.北朝鮮の現状
北朝鮮は三重苦を背負い、厳しい状況にある。

【三重苦その1:度重なる水害】

北朝鮮では治水対策がなされていない。全国的に水害が発生。
河川のすぐ近くに集合住宅が建設され、堤防がないため河川氾濫により洪水被害を受ける。
メディアには緊急復旧した地域だけを映すが、実際には「地元まかせ」のため復旧が進んでいない。
農作物も被害を受け、稲穂はやせ細り、まともな米が収穫できない。その結果、食糧難に。
住宅建設や修繕は機材を使わず人力で行うため、家屋は見た目だけ。
集合住宅の付近には電線・電柱がない。つまり電気が使えないライフラインのない住宅が並ぶ。
金正恩委員長は見栄を張っているが、実質的に洪水から国民を守り生活を改善する様子がまったく見えない。

【三重苦その2:新型コロナウイルス感染症】

北朝鮮では中国に行き来する人が多い(密輸、親戚訪問など)。
中国との国境線から1~2km以内の緩衝地帯に軍隊を派遣。
事前通告なしに人も獣に射殺すると布告。
=中国との国境を徹底的に封鎖
少し前に韓国公務員が北朝鮮訪問し射殺された。
すべては新型コロナウイルスを恐れての行為。

●具体的な新型コロナウイルス対策

発熱者は風邪だとしても20日間強制隔離し、近隣の16世帯をまるごと封鎖。
動けないよう24時間監視する。
経済活動は二の次、三の次。
20日間の隔離中、食料としてトウモロコシをひとり10㎏配給。
当然それだけでは足りず、隔離中に痩せこけてしまう。

PCR検査はピョンヤン以外は行われない。
疑わしきは「症状疑惑者」として監視する。
経済活動を封じる。

10/22~29の症状疑惑者 完全隔離174名
累積では
隔離総数 32182人
PCR検査 12072人 陽性者0人としている。

【三重苦その3:経済活動の低迷】

コロナ封鎖が住民を直撃。
国内に400~500ある「市場」では、13~16歳のコッチェビ(物乞い)が大勢いる。
失業者も多く、仕事がないため農場の肥料盗難が相次ぐ。
肥料は貨車に直接積んで運ぶ。泥棒は隙を見てそれを盗み市場で売る(仲買人→農家へ)
それもできない人は芋とビニール袋を持って山に行き、ビニール袋でテントを張り、芋を食べながら生き延びる。
売春も増えている。
労働者39世帯/69世帯 極貧状態。
孤児院を大量につくったが食べ物がなく子ども達は逃亡。

国家統制のため労働者は全員国営企業で働かせるが、コロナ禍により7割に落ちた。
給料もらえない人が66%。ただ職場に行くだけ。

金正恩委員長も失敗を認めざるを得なくなり、8月に「言い訳」
→来年1月に第8回党大会を行い、新しい戦略で国の経済を立て直すと宣言。
軍事パレードを前に感極まって泣き出す。
「努力と真心足りず生活苦しく申し訳ない。それにも関わらず私を信じてくれてありがたい」
今後、第8回党大会で方針をつくり成果を上げると宣言。

来年1月の党大会に発表される5か年計画次第で、拉致問題も大きく状況が変わる。
5か年計画に日本の存在感を刷り込めるかどうかがポイント。

以上の現状を踏まえ、政府には一環して「今」がチャンスだと伝えてきた。
拉致問題解決のためのメッセージを送るべき。
日本を北朝鮮によって重要な国として位置付ければ拉致問題解決の道は開かれる。

北朝鮮は三重苦による厳しい状況の中で、色々な国に頼らざるを得ない。
日本がそこに関われるかどうかが鍵となる。

 

2、拉致問題はいかにして起きたか。

1970年代~日本を含めて拉致開始。
金正日委員長による党実験。秘密工作部署を牛耳る(拉致組織も含む)。
日本からは政府認定17人を拉致。
秘密工作であり北朝鮮は「ばれるはずがない」と思っていた。
なぜ暴露されたか?拉致に直接関与された工作員および協力者が石川県で逮捕された。
辛光洙(シンガンス)=地村さん拉致実行犯。
よど号事件の女性も関与していることが判明。

1987年、大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫の教育係が拉致された日本人であったことも判明。
(→田口八重子さん)
徐々に北朝鮮による拉致が明らかに。

1997年、日本の出版物に北朝鮮関与を疑う内容が掲載された(北朝鮮で読んだ)
ジャーナリストの石高健次氏による記事。
「北朝鮮の工作員により日本の幼い少女(双子のひとり)が拉致された」=横田めぐみさん(弟が双子)。
新潟県警が過去に13歳の少女が行方不明になった事件との結びつきに気付く。
それまでも拉致の疑いはあった。実名を出して動かそうということになり、横田さんご夫妻を中心に家族会(拉致被害者家族連絡会)が結成される。
北朝鮮は過剰に反応。福井県小浜市で開かれた小さな集会を北朝鮮労働新聞で大々的に報道。「拉致=でっちあげ」
北朝鮮の人々は記事を我々拉致被害者の目に触れさせたくなかった。新聞記事のことを隠そうとしていた。
この様子から敏感に反応していると感じた。

2002年、小泉総理が平壌(ピョンヤン)訪問
水面下での交渉で日本側から拉致被害者13名リストが渡された。
北は知らないと突っぱねているが、だんだん「調査する」に変わった。
小泉訪朝で拉致を認める。
背景には経済的困窮により日本から資金を手に入れたいとの狙いがあった。
韓国は植民地支配の補償金をもらったが、北朝鮮はもらっていない。同じように日本から補償金1兆円をもらおうとしていた。
保証金は国交正常化が条件。日本の条件が「拉致問題の解決」。
しかし北の回答は13人に対して4人生存、残りは死亡。
日本側は死亡だけでは受け入れられないと表明したが、私もこれは受け入れられないと思った。
横田めぐみさんが私達もあわせて3家族一緒に暮らしていた時期を「自殺した時期」として発表。

増元るみ子さん、市川修一さんも拉致された後に結婚したが、どちらも亡くなり、土葬されたが墓は洪水で流されたと報告。
しかし死亡したとされる時期、やはり一緒に暮らしていた。

報告では8人中6人は遺骨がなく、洪水で流されたとされたが、北朝鮮の墓は山の尾根=いちばん高いところにつくる。
私も墓を掘らされたことあるので、洪水で流されるなど考えられない。

その後、死亡の証拠として提出された遺骨は火葬されたものだった。
DNA鑑定では土葬されたものなら精度高い=DNA鑑定の精度を下げるための加工。

2004年、北朝鮮は突然、横田めぐみさんの遺骨が存在し、夫が自宅で保管していたと発表。
めぐみさんの夫は韓国の拉致被害者で一緒に暮らしたもある。
めぐみさんは1993~1994年の間に亡くなり土葬されたが、夫が妻の遺骨を手元に置くためにそれを掘り起こして火葬したと。
それはすべて嘘。そもそも北朝鮮に火葬施設はない。
夫もすぐに再婚しているので、自宅に遺骨を隠していたというのは嘘・つくり話。
DNA鑑定は、日本では火葬したものでも可能。
私も遺骨が出された経緯が作り話だと証言できる。家族が信じられないのは当然。

●なぜ拉致問題が動かなかったのか。

平壌宣言3原則は「核・ミサイル・拉致」解決すれば過去の清算を行うとの内容。
当時はアメリカとの95年枠組み合意が生きていた。
拉致問題解決さえうまく進めば国交正常化がうまく進んだが、北朝鮮が真実を隠し破綻。

その後、2006年~北朝鮮は核実験を始めた。現在までに6回行う。
ミサイルも数えきれないほど打ち出す。

拉致問題さえ解決すれば1兆円渡せるのかといえば「無理」
アメリカと北朝鮮の関係性が進まない限り、日本とだけ国交正常化できない。
米朝の動きを見守るのが日本の立ち位置。

私はトランプ大統領との会談に期待していた。
米朝非核化は実現すれば次は拉致問題に進める。
うまく交渉してほしいと願っていたが、昨年、米朝協議は破綻した。大きく失望している。

バイデン大統領になればどうなる?はっきり言って期待できない。
トランプの対・北朝鮮戦略ととバイデンはまったく違う。
バイデンは周りから固めるボトムアップタイプなので、95年枠組み合意の原則を守り、事態は1~2年動かないのが見えている。

日本はその間、米朝の動きを見守るしかないのか?とんでもない。
米朝の動きだけを見ていては、横田早紀江さん、有本さんの存命中に解決できない。

核、ミサイルを置いておき、その前に何とかできないか?
北との直接対話は今、何ができるか。拉致被害者を返してもらうために、交渉により解決の道を開くべき。

11月15日の新潟県民集会で、加藤官房長官が「現在、北朝鮮と直接交渉している」と演説。
なんとか突破口が開かれることを期待。
アメリカを通して拉致啓発の意識付けは可能だが 何とかするのは我々日本。
さらにもうひとつ、中国の力を利用すべき。
中国は日本に秋波を送っている。
これまでのように日本はアメリカ一辺倒でやっていけるのか?
北朝鮮は95%中国貿易依存、加えて密輸も。
日本は中国を利用しない手はない。

3、拉致されてからの日々

24年間の拉致生活を振り返る。
拉致の実行犯は北朝鮮の調査部=スパイ活動の中心組織。
党中央の党機関部署であり、金正日が直接牛耳っていた。

拉致の目的はスパイ活動に利用する為。
世界から若者をつれてきてスパイとして教育。
アメリカにはヨーロッパ系、アジアは日本人。

外国人スパイ利用の背景。
それまで北朝鮮の若い人間に対し、強制的にスパイ教育を行ってきた。(金正日政治軍事大学で特殊訓練)
品定めし、選抜して工作員を養成したものの、国内教育だけではうまくいかなかった。
整形しても言語等の問題で結局は失敗。
「だったら外国人を連れてきて教育すればいい。脅し、すかし、なだめれば言うことを聞く。結婚させて家族や子供を人質にとればいい。」
過去のゾルゲ事件などを通してスパイの役割に期待。

1978年6~8月 世界各国に調査部工作員が派遣された。
日本には時期をずらして潜入。
主導した工作員は全員違う。
たとえば福井の地村さんはシン・ガンスだが、柏崎の工作員はチェ・スンツル他。

1978年、ぎおん祭り花火大会の前後に戦闘員(作戦部に属する。人間サイボーグのように屈強な若者達。)が祭りの混乱に乗じて上陸。
船は日本の漁船そっくりに仕立てていた。
野宿や民宿をしながら潜伏。夕方になると中央海岸に行き、若い人達を物色。
7月末は夕方に人が多く出ている。人の目が多い時には実行できない。

拉致されたその日、家内(祐木子さん)とは喫茶店で待ち合わせをしていた。
前の日に電話で約束したので、誰もデートすることは知らなかったし、海に行くことも知らなかったはず。

歩いて市営プールと野球場の間、通称「アベック道路」=松林の土手を通り海岸に出た。
人が多いと感じた。酒を飲んでいるおじさん達もいて、いやだなと感じた。
寺泊方面に向かって土手を歩いていた。他にも何人か歩いている気配はあった。
彼らと250mほど離れていた。海岸に座って家内と話していると、波打際から男(工作員チェ・スンツル)が現れた。
実は彼は大阪生まれ。終戦後、韓国へ渡り、5年間の貧しい生活の後、朝鮮戦争で北朝鮮側についた。
終戦から3年後には対日工作員となっており、日本語は完璧。

私がたばこを吸っていると、「火を貸してくれ」と声をかけられ、ライターを貸す寸前に襲われた。
顔面を殴られ、暴れたが物陰に引きずられた。
彼らは逮捕されそうになれば自決しなければならない。彼らも必死だった。
「静かにしなさい、静かにしなさい」と片言の日本語が聞こえ、外国の人間にさらわれると思った。
何らかの信号が沖の船に送られ、ボート(日本製)が海岸につけられた。
2人とも袋詰めにされた。(後に高岡での拉致未遂事件に使われたものと同じ道具だと知った。)
ボートに乗せられ、窒息しそうになり、顔だけ出された。
野球場が遠くなっていくのが今も記憶に残る。その後、船に乗せられ、工作員から薬を飲まされ、注射された(睡眠剤)。

気付くと北朝鮮に着いていた。おそらく2晩眠っていたと思う。
清津(チョンジン)=根拠地(秘密連絡所)に上陸した。
両脇を抱えて車に乗せられ、高台のアジトに連れていかれた。
真っ暗なアジトで中年男がニコニコしながら「ようこそ。ここは北朝鮮人民共和国だ」と言われた。
ここで10日間過ごしたが、恐怖の連続だった。
「なぜこんなことをするのか」と聞いても答えは「我々は知らない。平壌に聞け。」
「彼女はどうしたんだ」と聞いても答えは「ピョンヤンに聞け。」
そのうち殴られた顔の腫れを抑えるためだと、ゆで卵を押し付けられた。

14時間、列車に乗って平壌駅に到着後、車に乗せられ山の「招待所」へ連れて行かれた。
秘密工作機関のアジトを「招待所」と呼ぶ(中国も同様)。
拉致したのは調査部であり、招待所地区は7つ。すべて山の中にあり鉄条網で囲まれている。
山の奥深いところに家が隠れるように建てられ、私が連れて行かれた所には14~15の建物があった。
ここには女性がひとりずつ配置され、工作員候補食事の世話や洗濯など、生活の面倒を見ていた。
指導員が寝食を共にしながら工作員として教育し、終了後は金正日の命令が下る。これが招待所の役割。

招待所の幹部になぜこんなことをするのか聞くと、「君を革命家にする」と言われ、恐怖を感じた。
「彼女(祐木子さん)はどうした?」と聞くと「あのあと日本に帰した。心配するな。」と言われ、もう会えないのかと思い落胆した。

工作員教育とは将来のスパイ教育で、実務よりも思想を植え付けることが中心だった。
北朝鮮の教育は金正日主席への忠誠心であり「いかなるときも秘密を守り、いざという時は自決する覚悟」
主席の美談が書かれた文章を読み、感想文を書かされる。「チュチェ思想」と呼ばれる北朝鮮の指導方針だった。
私は嫌で嫌で仕方なかった。
あるとき嫌だというと、最初はなだめられたが、嫌だと言い続けると高圧的な態度に変わり、殺されるかと思った。

めぐみさんもなだめられた。
「早く朝鮮語を覚えれば、家に帰してもらえるかもしれない」と言われ、必死に勉強したが未だに帰れない。

嫌々ながら勉強する日々が1年続いたが、ある日突然、教育が中止され、平壌から遠い場所に移された。
そこで課長(指導部の幹部)から突然「結婚するか?お前の彼女(祐木子さん)は北朝鮮にいる。」と言われた。
驚いたが、少しそんな予感(彼女も北朝鮮にいる)もあった。
即座に「結婚させてくれ。」と答えると、2~3日後に別の場所に連れて行かれ、彼女と再会した。
後に聞くと彼女も同じような対応だったという。
再会して1週間後に結婚した。
招待所の食堂で、幹部10人くらいの前で北朝鮮式での結婚式を挙げた。
監視付きで平壌市内を1周し、「革命遺跡」金日成像の前で写真撮影したのが新婚旅行だった。
それから新婚生活が始まったが「余計なことは喋るな」と言われ、常に監視付きだった。

北朝鮮での24年間のうち、3回転機があった。第一の転機が「レバノン女性拉致事件」。

なぜ私達が結婚できたのか、それは「レバノン女性拉致事件」が発端だった。
当時、レバノン人の女性5名が拉致された。
彼女たちは秘書の勉強をしていたが、「日本の商社がレバノンとの交易の為に採用したい」と騙され、平壌に連れて行かれた。
分散して北での教育が始まったが、そのうち2名はスパイの素質を見出された。本人たちも覚悟を決めたようだった。
北朝鮮ではどこにいても監視され、逃げられる気がしない。
2人はスパイ教育を受け入れたが、それは海外逃亡のチャンスを狙ってのことだった。
1年後、スパイとして海外への渡航命令が下った。
まさにチャンス到来。監視指導員をだまし、そのままレバノン大使館に逃げ込んだ。
レバノンでは水面下での交渉の末、残り3人も奪還した。

この事件により北朝鮮による拉致は世界に知れ渡った。
金正日は拉致した人間を信じられなくなり、いったん教育をストップした。
大使館に逃げ込まないように平壌から遠い場所へ移し、結婚させて逃げられないようにした。
ひとりで拉致された人も結婚させた。(曽我ひとみさんとジェンキンスさんのようなケース)

その後、工作員への日本語教育をさせられた。子供も生まれ、拒否できない状況だった。
招待所に通ってくる工作員に日本語を教えるのが役目だった。

第二の転機は1981年11月の大韓航空機爆破事件だった。

実行犯2名はバーレーンまで行ったが逃げられず、服毒自殺をはかった。
生き残った実行犯の金賢姫は、平壌外国語大学で日本語を専攻したスパイだった。
彼女の証言から教育者は子どもを置いて拉致された日本人=田口八重子さんであることが判明。
警察が田口さんの写真を見せたときに、教育者と一致した。

この事件によって、工作員への教育は中止され、その後は帰国するまで翻訳業務に専念した。

第三の転機は1990年。89年にベルリンの壁崩壊により、ソ連も変化を余儀なくされた。
ソ連は新外交政策により韓国と国交を結んだ。
韓国と対立してきた北朝鮮はソ連に裏切られたと感じ、孤立化から逃れるため日本との関係改善を図ることにした。

1990年9月に、訪朝した金丸元副総理と社会党の田辺誠委員長が、朝鮮労働党との間で、日朝国交正常化に向けた政府間交渉を促す3党共同宣言に署名した。
金正日は国交正常化に伴い過去の清算を求めたが、日本およびアメリカの反応は悪く、国交正常化会談の雲行きは怪しくなってきた。
正常化会談8回目にしてはじめて拉致問題を正式に提起したが、大韓航空機爆破の実行犯が明らかになったことを受けて会談は決裂した。

しかしこれが布石となる。
1998年に韓国の金大沖大統領がノーベル平和賞を受賞したことを機に、北朝鮮は「過去の清算=500億円」を求めて再び日本との交渉を開始。

2002年3月、北朝鮮労働党幹部から「わが党は決断した。これから日本と関係改善する為に一役買ってくれ。必要に応じて日本人に会い、幸せに暮らしているとアピールせよ。」と言われた。
北朝鮮は拉致被害者を日本に帰す気はなかった。
「拉致されたと言うな。北朝鮮の船に救われたことにしろ。」と言われた。
そのストーリーは
「モーターボートに乗っていたらエンジンが壊れ、漂流しているところを北朝鮮の船に救われた。北朝鮮の病院で治療を受け、自分から懇願して北朝鮮に残った」
というもので、日本人は信じるはずはないと言ったが、「同じ話を繰り返せば相手は信じる」と言われた。

その年の6月に平壌に引っ越した。
日本の家族が北朝鮮に来た時に会うためであり、「幸せをアピール」するためだった。

そして9月17日、小泉総理が訪朝。
その時、朝からホテルの一室にて待たされた。盗聴器が仕掛けられた部屋だった。
日本の外務省職員2名が訪れ「本人確認のために来た」と言われた。
「小学校の同級生の名前を全員書け」と言われたが、すべて覚えていたので書いた。
家の周りの風景、庭には当時どんな木があったかも絵に描いた。
帰国して両親にその絵を見せたところ「間違いない」。

外務省は事前に13名のリストを持って行き、そこで確認すればよかったのに持って来なかった。
拉致被害者が生きていると知って、リストを取りに戻った。

翌年2月28日、日本から調査団が来て、亡くなった拉致被害者8名についても我々にも聞きにくることなった、と言われた。
金正日は2日前に拉致を認めて謝罪した。ただし自分は関与していないとも。

10月に入り、「日本から家族は来ない。日本側は、まずは拉致被害者を返せと言ってきた。」と告げられた。
「日本では何も喋るな。幸せそうに見せかけ1週間で帰ってこい。」と言われた。
それまで自分の身に起こっていることに実感が沸かなかったが、日本行きの飛行機が離陸した時ようやく実感が沸いた。
飛行機に乗って上空から日本列島をはじめて見た。これが日本だと感じた。

日本に着いて飛行機から降り、テレビカメラの多さに驚いた。
そこから家族間でのバトルがはじまった。
家族は帰るなと言うが、子どもを残してきたから帰るしかない。その間、色々な話を聞いた。
そのとき、北朝鮮は弱い立場にあって慌てていると感じた。

日本政府からは残れとは言わなかったが、「日本に残るなら全力を挙げて北朝鮮の家族を取り戻す。」と言われた。
自分はもう北朝鮮に戻りたくなかった。家内は子供たちのことを思い反対したが、残ることを決断した。

それから半年たっても子どもを取り戻せず、落ち込んだ。
「帰って来れなかったらどうしよう?」と口にした時、母から叱咤された。
「たった1年くらいで何を言っているのだ。自分は24年待った」と。

そして小泉総理が2度目の訪朝。しかし帰ってきたのは自分たちの子供だけ。他の拉致被害者が帰国できず落胆した。
市役所職員から「小泉総理へのお礼はないのか、との声がある」と聞かされ、記者会見の冒頭で謝辞を述べた。

その後、まだ誰も帰って来ないことに心が痛む。例え私が北朝鮮に行っても取り戻せない。

日本政府は動いている。
北朝鮮は困難な状況にあり、プレッシャーをかけられている。

日本国民はいつまでも忘れない。
たとえ親御さんが亡くなっても絶対にあきらめないが、親御さんの存命中に帰さなかったら恨んでやる!
との姿勢を示し続けることが大切。

北朝鮮とは国交を結び、「過去の清算」はしなければならない。そうすれば解決するはず。
しかし、なかなか状況は動かないのがもどかしい。

今日ご来場の皆さんにも、拉致問題解決を求め続けていただきたい。

(以上)

柏崎日報2020.11.20記事

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新潟日報2020.11.21記事

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拉致問題の実態および核心に触れる内容の講演でした。

拉致という人権侵害・国家犯罪が、政治的事情に翻弄された挙句、交渉カードになってしまっていることが、解決に至らない要因だと感じます。

残されたご家族とご本人の為にも、また日本の威信をかけても、国民のひとりとして、また政治に携わる者として「必ず取り戻す」意思を示し続けていきたいものです。

2020年11月12日 (木)

11月12日 市長選演説

11月12日(木)西山ふるさと館での桜井市長(候補)の演説内容です。

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西山は原子力発電所に近いPAZ(原子力発電所から5km圏内)になる。

2011年3月、東日本大震災による福島原子力発電所事故を受けて、その年の3月31日、私は政治から身を引くことを決断した。

それまで日々の活動や気持ちをつづっていたブログを閉じ、その当時の想い・考えを掲載したチラシを新聞折込にして配布した。

そこには

「皮肉なことだが福島の復興・エネルギーセキュリティ(安全保障)・地球温暖化防止(CO2排出抑制)のためには当面の間、原子力発電所は必要」

「原子力安全・保安院は原子力規制庁として独立した存在にすべき」

と記載したが、今や現実化している。

4年前の市長選挙では原子力推進・反対両方の立場から声をかけられ再び政治の道に戻った。

原子力発電所は厳しい安全基準のもと限定的に稼働し、風力・太陽光などの再生可能エネルギーや水素蓄電システムなどを活用した、新たな環境・エネルギー産業の創出を目指すべきと考えている。

国(資源エネルギー庁)からはこのビジョンを全面的にバックアップすると約束していただいた。

菅政権では2050年までにカーボン・ニュートラル=CO2排出ゼロに近付ける方針を打ち出し、送電線の規制緩和も進むとみられている。

「柏崎市地域エネルギービジョン」は、国のビジョンとなりつつある。

原子力発電所は田中角栄元総理によってもたらされた大きな科学技術であり、日本の経済を支える大切なエネルギー創出機関だった。

西山では民間ベースで風力発電の話が2件、進んでいる。西山が新たなエネルギー産業発祥の地となりつつある。

毎年寄せていただいている西山の草生水(くそうず)祭りは、石油の生まれた土地であることにちなんでいる。

西山町石地出身の内藤久寛氏が創設した日本石油が、西山油田を中心に、長らく日本の石油産業をリードしてきた。

約50年前、小林治助市長は柏崎市の新たなエネルギー産業として原子力発電所の誘致を方向付け、柏崎市議会が誘致決議を出した。

それ以降、原子力発電所は大切なエネルギー創出機関としてこの地に存在し、今もなお5000人以上がサイト内で働いている。

何事にも良いところ・悪いところがある。

原発の良いところはCO2を排出しないことだが、核ごみの行先が決まっていない。また事故を起こせば大きな被害をもたらす。

しかし日本の電気は約8割が化石燃料を使う火力発電であり、CO2を出し続ける。CO2の処理もまた決まっていないため、大気の中にCO2層としてたまり、屋根のように地球を覆って熱の放出を妨げ、地球温暖化を進行させている。

この数年の猛暑や小雪は、地球温暖化による異常気象だと言えよう。

 

このような現実を考えれば、原発は当面の間、厳しい安全基準のもとで動かしながら、その一方で徐々に減らしていくべきであり、国もその流れを認めた。
第6次エネルギー基本計画にはおそらくこのことが組み込まれるであろう。

西山はコミュニティセンター(コミセン)統廃合問題で様々な議論がある。
3つにするか1つにするか、あるいは絶対に統廃合に応じないとの声もある。

「選挙の前になぜコミセン統合の話を出したのか」と言われたが、今後の柏崎・西山のためにも、今やらなければならない。

公共施設の配置計画は私が市長に就任したとき、すでに(会田市長時代に)決まっていたものを引き継いだ。

柏崎市の高齢化率は34.8%となり、西山の高齢化率は43%を超えている。
1コミセンあたりの人口も減っている。

西山のコミュニティバス「にしやま号」は町時代からの流れで続けてきたが、ひとり1回乗車するだけで2000~3000円、税金で負担している。
ナルスからふれあいクリニックまで移動するだけでも、それだけのお金がかかっている。
これをいつまでも続けるわけにはいかない。

こういうことを言うと「では年寄りはどうするんだ!免許も返納させられ足がないじゃないか!」と度々お叱りをいただくが、コミュニティ統合同様に考えなければならない問題である。

同じ柏崎市内の米山町ではオンデマンド型バスを地域で運営している。自宅前まで送迎する小型バスで、数十万円の運営経費をご自分たちで負担している。

また北条地域ではNPO法人「北条人材バンク」をつくり、福祉有償運送を行ってきたが、年間数十万円単位の赤字が出ている。
「何とかしてくれ」と言われ、廃校となった小学校跡地の草刈りを仕事として委託し、その対価として赤字分を支払い、運営している。

これが現実である。

どれほどお叱りをいただこうとも、正直に情報・意見交換をしながら、私自身の責任のもとで解決したい。

たくさんの方々からお叱りを受けてきたが、絶対に議論から逃げることはしてこなかった。
これが唯一、自分で自慢できることだと自負している。

この4年間で足りないこともたくさんあったと思う。しかし私はこの西山も含めて柏崎のすべての町内を歩き、皆さんのお声を聴いてきた。

28歳で柏崎に戻り、皆さんと厳しい議論をしながら柏崎で生きてきた。

皆さんと同じように谷根の水を飲み、11年間消防団員として活動し、それぞれの地域に対する想いを共有してきた。

もうひとりの方(近藤正道候補)は何のために立候補されたのか?

「原発反対・再稼働阻止」のためだけに、柏崎の市議・元市議、現職県議などが自分たちで出ることなく、新潟から元参議院議員であり反原発訴訟を多く扱う弁護士として活動されている方を呼んできた。

西山の皆さんがどんな気持ちで柏崎市と合併したのか、わかっているのか。

これまでの日々、柏崎で暮らしてきた皆さんには様々なことがあったと思う。
私も2度の市長選挙に落選後、父は私が市長になる姿を見ることなく他界した。

皆さんにも様々なことがあったと思う。
介護で難儀をされたこともあれば、お子さん・お孫さんが生まれ、楽しかったこともあっただろう。

そんな人生の一部、時の一部を皆さんと共有してきた、この私の西山への想い・柏崎への想いを知っていただきたい。

西山・柏崎を本当に良くしようと思っているこの桜井に、これからの柏崎市を託していただきたい。

皆さんの想い、情熱、夢を込めて「桜井まさひろ」という名前をお書きいただきたい。

そして今日のこの話を、多くの皆さんに伝えていただきたい。

西山の誇り、柏崎の誇りをかけて、圧倒的な勝利を収めることができるよう、皆さんのお力添えを宜しくお願いします

2020年11月10日 (火)

市長選挙・個人演説会の内容

11月8日:告示、15日:投開票日となる柏崎市長選挙がはじまりました。

私は現職市長である桜井雅浩候補の応援に入っております。

11/8、9には個人演説会が開催され、感染症対策のもと、大勢の方々がご来場されました。

以下はこれまでの演説(応援および候補者ご本人)内容のメモです。

11/8 浄興寺、鯨波町内会館

11/9 藤乃家

ーーーーーーーーー

【選対本部長ほか】
・今回の選挙は柏崎市の命運がかかっている。絶対に負けられない。
・めまぐるしく変わる社会情勢に対応するためにもリーダーにはスピードが必要。「皆で相談」していては何も決められない。
・桜井市長は即断即決の人であり、柏崎を知り尽くし、また心から愛している。何としても再度、桜井市長に市政を任せたい。

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【議員(市議、県議)】

◆桜井市長の人物像

・桜井市長は304町内会すべてを自分で歩いてきた。
・政治家にとって大事なのは現場に行って直接話を聞くこと。
・通常はよほど問題なければそういうことはしないが、桜井候補は公務の合間に各町内を訪ねてきた。
・政治家は自分で決めたことを、ひとりになってもやるという信念・気概が必要。その一方で政治は結果がすべて。
・桜井市長は柏崎が大好きで市民のためなら何でもする。やりすぎではないかと感じるくらい全身全霊でやる。
・桜井市長は何とかしなければならないと思えば即行動に移す度胸がある。
・はっきりしているので時に反発や誤解を招くが信念を貫く突破力がある。
・危機に強く、明確な将来ビジョンを持っている。

◆4年間の実績

・防災行政無線ラジオの事業費30億円を経産省(エネ庁)と交渉し、特別支援メニューを創設して国の予算をつけてもらった。
・事業峻別で浮いた2億円を使い、介護・看護の人材確保に取り組む(介護の夜勤手当増額補助、U・Iターン補助金など)。
・事業峻別により小中学校の指導補助員を採用。中学校は県内1位の配置率。
・国より先に小中学校のエアコン設置を開始。猛暑に耐えられる教育環境を整備。
・使用済核燃料税により1.8億円増収。(累進課税分はまだ発生していない)
・10月1日から0~3歳児ひとりに1万円分の子育てクーポン(かしわざキッズ★スターチケット)を配布。
(インフルエンザ等予防接種やおむつ・ミルク購入などに使える子育て支援策。次年度からの予定を繰り上げ早期スタート。)
・新潟県内でもトップクラスの新型コロナウイルス感染症対策を講じてきた。
・24時間体制のPCR検査体制を市内に3か所に整備。うち1か所は小児用の発熱・PCR外来。
・特別定額給付金10万円の支給の早期実施。5月連休明けには9割以上を給付。
・原発は安全対策をしながら活用できるものを活用し、徐々に減らすソフトラーニング方式。
(すぐに止めるのはハードランニング)
・8号バイパストンネルの開通は国交省に陳情に行った成果として予算が倍増したことで進んだ。
・市長会では麻生太郎財務大臣にイノシシが暴れる様子をドローンで撮影した映像を見せ、鳥獣被害対策への予算付けを陳情。
「大臣室でこんなことをする首長は君だけだ」と印象付けられた。

◆相手候補について

・これまでの相手候補と異なり柏崎出身・在住ではない。(柏崎高校に3年通ったのみ)
・原発反対のためだけに立候補したが柏崎に根がない。

・今までの選挙は柏崎に住む人が相手だったが今回の相手候補は1か月前に柏崎に引っ越してきた人

 

<桜井市長の演説>

・柏崎は皆がつながっているまち。
・304町内すべてを自分の足で歩き、様々な声を聴いてきた。
・この4年間で出来なかったこともあるが、安心して暮らせる環境づくりに全力で取り組んできた。

・柏崎の名を売るために全力でアピールしてきた。
・柏崎の誇りであるぎおん祭り花火はフジテレビに掛け合い、BSフジで放映してもらった。約10%の視聴率。
・ヒゲソリダイの養殖が成功し、普及促進のため理容組合の納涼会で提供しマスコミを通してPR。需要が多く現在は稚魚の成育待ち。

・原発は限定的な再稼働を認めると同時に徐々に減らしていく。
・柏崎を再生可能エネルギーの集積地としたい。
・送電網を使い県外の再生可能エネルギーによる電力を柏崎に集め、東芝の水素エネルギー技術を使って蓄電し、関東圏に電力供給する構想。
・市内遊休地を活用して太陽光発電など再生可能エネルギーの普及促進を図りたい。

・現在の日本は火力発電が8割以上だが、CO2を放出し地球温暖化を進行させている。
・原子力は事故の危険性や核廃棄物の問題はあるもののCO2は出さない。
・地球温暖化により雪が降らず、イノシシ等が増えている。

・麻生財務大臣にイノシシが畑を荒らす映像(北条地区・五分一での様子をドローンで撮影)を見てもらった。柏崎を印象付けてイノシシ対策予算を確保したい(電気柵の延長)。

・防災行政無線(ラジオ)の費用30億円は「原子力発電所があるまちの安全を守るための費用は国が出すべき」とエネ庁に交渉して得た。

・ひきこもり問題への対応としてアマテラス(ひきこもり支援センター)開設に数千万円を投じた。

・コロナ禍を受けて海水浴客は激減し、これまでの観光産業を見直すことが必要。
・松雲山荘、秋紅苑(飯塚邸)、貞観園を結ぶ紅葉ルートを推奨。それぞれの庭園で柏崎市オリジナルの和菓子とお茶やミシュランガイドに載った飲食店の料理を提供できるようにしたい。

・高齢化率が34%に達し、要介護者だけでなく介護者となる家族も大変な状況。
・介護人材不足のために施設定員を満たせず、介護施設に入れないお年寄りが大勢いる。
・高齢者が豊かな一生を過ごし、家族が豊かな気持ちで最期を看取れるような介護を柏崎で受けられるようにしたい。

・子育て応援券(かしわざキッズ★スターチケット)や学校の指導補助員、介助員の配置により、子育て・教育環境を整備。指導補助員の配置は教職員にも喜ばれている。
・デジタル社会に対応するためにも、人の力によるアナログ教育は大切。児童生徒ひとりひとりと向き合うアナログ教育により、人の気持ちがわかり、ともに汗をかける先生が余裕をもって指導できるようにしたい。

・子ども達にはいったん柏崎を離れても、また戻ってきてほしい。
・柏崎市の情報産業(カシックス・48億円収益)ではまだまだ人を必要としている。働く場所はたくさんある。

・今回の選挙は柏崎のプライドをかけた戦い。
・相手候補は原子力反対派から呼ばれたが、高校生活3年間以外は柏崎のことを知らない人。
・原発反対派の皆さんはなぜ自分たち柏崎市民の中から候補者を出さなかったのか。

・過去2回の選挙戦(落選)のあと父が永眠。市長に就任した姿を見ることなく亡くなった。
・柏崎で過ごした歴史と時間を市民の皆さんと共有したい。
・地域のため、柏崎のため、日本のためにも再度、柏崎市長として働かせていただきたい。

ーーーーーーーーーー

今後も街頭演説および個人演説会が各地域で行われます。ぜひ生の声をお聞きください。

【個人演説会予定】
11/10(火)
18:30~野田コミセン
19:00~高田コミセン
19:30~半田コミセン


11/11(水)
18:30~米山コミセン
19:00~剣野コミセン
19:30~枇杷島コミセン


11/12(木)
18:30~松波コミセン
19:00~荒浜コミセン
19:30~西山ふるさと館


11/13(金)
18:30~南鯖石コミセン
19:00~田尻コミセン
19:30~北鯖石コミセン


11/14(土)
*16:00~市民プラザ前(最終街頭演説)
18:30~西中通コミセン
19:00~比角コミセン
19:30~柏崎市産業文化会館

2020年11月 4日 (水)

かしわざきスーパー「GOTOイート」&「GOTO忘新年会」申込スタート

先日の議会で可決した緊急経済対策の申し込みが11/4~スタートし、市のHPにUPされました。

◆プレミアム率66%!かしわざきスーパー「GO TO イート」チケットの申し込みを受け付けます

◆かしわざきスーパー「GO TO イート」に参加する飲食店、タクシー、運転代行事業者を募集します

◆かしわざきスーパー「GO TO 忘新年会」に参加する割烹、宴会場を募集します

 

ざっくりとまとめると下記のようになります。

【利用者目線】

スーパー「GO TO イート」
5,000円分チケットを3,000円で購入
・登録飲食店、タクシー、運転代行の会計時に利用可能(他券との併用不可)
・予約限定販売、申込は11/20(金)まで(市HP申込フォームまたは郵送)
1人2冊まで購入可能・柏崎市民のみ
・購入引換券が送付されるので、販売窓口に持参して購入
(窓口=柏崎市産業文化会館、柏崎市総合体育館、西山ふるさと公苑、高柳町商工会
・購入期間 11/28(土)~12/6(日)
・利用期間 12/1(火)~1/31(日)

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●スーパー「GO TO 忘新年会」
10人以上・5,000円(飲み物別)以上の宴会利用に対して2,000円/人割引
・チケットなし。会計時に―2,000円で処理(会計値引き)
・店舗予約時にスーパー「GO TO 忘新年会」の利用を伝える(GOTOイートチケットの併用不可)
・柏崎市民、柏崎市内の事業所等に所属する人が対象
・利用期間は12/1(火)~1/31(日)

【事業者目線】
スーパー「GO TOイート」
<対象>
・市内飲食店のうち、新潟県Go To Eatキャンペーン食事券の取扱店として登録している
・柏崎市ハイヤー協会に加盟する事業所
・市内運転代行事業者

<登録の流れ>
・申込書を柏崎市商業観光課に提出。申込は12/20(日)まで。
・登録後は市のHPに掲載
・登録店舗はポスターを掲示
換金方法詳細は後日連絡

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スーパー「GO TO 忘新年会」
<対象>
・市内飲食店で、新潟県Go To Eatキャンペーン食事券の取扱店として登録している
・「10人以上」かつ「食事のみで1人あたり5,000円以上」の予約対応ができる
・感染症対策として検温(非接触型)を行う

<登録の流れ>
・申込書を柏崎市商業観光課に提出。申込は11/18(水)まで
・新潟県Go To Eatキャンペーン未登録の場合はあわせて県に申請。
・予約時、「スーパーGo To 忘新年会キャンペーンを利用」を伝えられたら、事務局に予約内容を電話で連絡
・会計時、利用者(幹事)から、申請書を受け取り、1人につき2,000円を割り引いて領収してください。
・会計後、事務局に割引差額を請求(申請書、領収書控えの写し、請求書を提出)
請求方法詳細は後日連絡。

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応募・募集期限が迫っていますので、ご利用の場合は早目にお申し込みください。

2020年11月 2日 (月)

栄養士会柏崎支部 会員研修会

11月2日(火)栄養士会柏崎支部の会員研修会に参加しました。以下はその内容です。

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◆活動報告「柏刈栄養サポート」

<柏刈栄養サポートとは>
●高齢者が可能な限り住み慣れた地域で最期まで自分らしく暮らせるよう、地域が包括的な支援やサービスを提供する体制(地域包括ケアシステム)における、栄養・食生活支援を担う活動。

●新潟県栄養士会柏崎支部が実施主体となり、医師会(在宅医療推進センター)、柏崎保健所と協力して、通院中の食事指導や在宅療養中の家での食事作りを支援する。

●主治医(開業医が対象。総合病院、国保診療所は含まない)と管理栄養士が雇用契約を結び、実施後に報酬が支払われる。(訪問3回まで)

●ケアマネージャーと連携して訪問、医師の指示に基づきスクリーニング・アセスメントを実施し、栄養指導・食事作り支援を行う。

●対象となる疾患⇒腎臓病食、肝臓病食、糖尿病食、胃潰瘍食、貧血食、脂質異常症食、通風食、心臓疾患などに対する減塩食、特別な検査食(流動食・軟食は除く)、十二指腸潰瘍食、クローン病及び潰瘍性大腸炎による腸管機能低下に対する低残渣食、高度肥満に対する治療食、高血圧に対する減塩食

●医療保険⇒フェニルケトン尿症、楓糖尿病食、ホモシスチジン尿症食、ガラクトース血症食、治療乳、無菌食、がん、接触機能もしくは嚥下機能低下、低栄養状態

●介護保険⇒経管栄養のための流動食、嚥下困難者のための流動食、低栄養食

<対応事例紹介(令和元年度)>
・80代女性。独居。
・認知症、糖尿病、脂質異常症、脳梗塞などを患う。
・血糖コントロール不全のため数値が変動。
・「本人が理解できる伝え方」で血糖管理できるようにしてほしい、との依頼あり。
・ご家族(別居)の協力が難しいケース。
・主治医、薬剤師会、ケアマネージャー(ケアマネ)と連携。
・訪問は3回
①買い物状況や生活パターンを把握。
②フードモデルなど媒体を用いて栄養指導。主食の量や食べる順番についても伝える。
③正月が近く「お餅」をどれだけ食べてよいか指導。
 デイサービス 週1回・食事なし・リハビリのみ⇒週2回・食事付き に変えていただく。
*訪問終了後もケアマネを通して服薬、食事管理など確認。

<成果と課題>
●どのような食べ方をすると血糖値が上がるか理解できるようになった。
(家族も含めて意識付けできた)
●多職種連携を進めることができた。
●認知症の方の栄養指導の難しさを実感。

 

◆講話「柏崎市の健診結果の現状と課題」

●令和元年度の柏崎市健診結果「有所見」の割合
・HbA1c 8割
・LDL 5割
・収縮期血圧 4割
・腹囲 男性5割・女性2割
・中性脂肪 3割

●総医療費の約半分は生活習慣病(47%)
⇒健診受診率を上げ病気の危険因子を早い段階で見つけ、生活習慣病を早めに防ぐことが重要

●肥満者の割合 青壮年期に増加(男性40代~、女性50代~)

●柏崎市第2次健康増進計画 健康みらい21
重点課題「青壮年期への働きかけの強化」「糖尿病予防に向けた取組」

●柏崎市第3次食育推進計画
重点課題「望ましい生活習慣の推進」
・生活リズム
・早寝・早起き・朝ごはん
・適正体重の維持
*遅い夕食⇒朝食の欠食⇒肥満(朝食欠食者3割)

<各年代への働きかけ>
●乳幼児期
・母子健診、学級
・子どもの栄養相談会(個別相談)
・甘未飲料講座(保育園)など

●学童・思春期
・小児生活習慣病健診結果説明会
・甘未飲料講座(小学生親子)
・食育授業
・大学での啓発活動 など

●青壮年期
・出産前のパパママセミナー(主食・主菜・副菜や朝昼夕食のバランス等)
・特定保健指導
・検診結果説明会
・からだすっきり講座(事業所向け)
・糖尿病予防教室
・糖尿病相談会
・栄養相談会など

●高齢期
・フレイル予防の栄養講話など
「さ(魚)あ(油)に(肉)ぎ(牛乳)や(野菜)か(海藻)に、い(芋)た(卵)だ(大豆製品)く(果物)」

◆各職域の活動報告

【公衆衛生】
・行政栄養士の主な仕事は健康増進法など「法」に基づく県民の健康・幸せづくり
・地域住民に対する直接的な啓発は市町村栄養士が担当
・特定給食施設の指導や健康・栄養に関する実態調査を担う
・健康にいがた21の新たな展開「健康立県にいがた」
・「にいがた けんこうtime」
 1日15分を健康のために使う⇒健康寿命の延伸
・「職場の元気応援隊」
 働き世代のがん検診を推奨、健康相談など
・高校生に対する食育など

【学校健康】
●学校給食における新型コロナウイルス感染症対策
<配膳>
・広いスペースで配膳台を2台つなげて、人と人との距離をとれるよう工夫
・テープを貼り、人との間隔をあけて給食の配膳を行えるよう工夫

<食事中>
・人数が多いクラスは教室で食べる時の人数を半分に
・机と机の距離をあけて食べる
・休職中は喋らないことを徹底
・教室の窓と扉は開けっ放し
・「いただきます」までマスクを外さない
・前を向いたまま食べる

●地場産給食デー
・毎月19日は「食育の日」
・年1回、11/19は「地場産給食デー」

【福祉】
●にしかりの里の「自立支援介護」紹介
・ADL向上による認知症消失をめざす
・水分を食事以外に1日1500ml摂取
・常食をすすめる
・自然排便
・自力歩行を援助

<具体的な取り組み>
・職員研修(コロナ禍ではオンラインで実施)により趣旨を共有
・事例検討発表会を定期的に行う
・尿量・排便量をチェックし科学的根拠に基づいて実施
・水分1500ml摂取のためにはフルーツティー、ミルクティーなど飲料のフレーバーに変化をもたせたり、ゼリーを取り入れる
・排便がスムーズではない人には食物繊維、オリゴ糖、ビフィズス菌なども導入(下剤を使わない)

<成果>
・日中の覚醒度が上がり活動量が増える
・夜間は深い睡眠(途中で起きない)
・自然排便により不穏状態が減る
・口腔機能が向上し、食事形態の変更(ミキサー食→常食)が増加
・肺炎になる人が減った
・おむつから布パンツへの移行
・外出・外食を楽しめるようになった人もいる
⇒QOLの向上につながっている

【病院】
●厚生病院の業務紹介
・360食(精神科300床、内科60床)を同一厨房で調理(直営)
・管理栄養士4名、調理員19名 合計23名
・精神科の入院は長期(平均7年)のため「飽きない献立」を心掛ける
・栄養管理100人/管理栄養士1名 月3回、同じ人に対する栄養指導が多い
・精神科患者への栄養指導は難しい
・人員不足
(昨年調理員が大勢退職し、管理栄養士も調理業務を行った。その後数名の補充があり現在は落ち着いている)
・嚥下ピラミッドの活用に取り組む
(病院・施設により異なる食事形態を嚥下レベルごとに当てはめる。病院~施設への移動時に同じ嚥下状態の食事提供が可能になる)

【地域活動】
・フリーランス活動なので個々で受ける仕事は異なる
・家庭で家事・育児などを担いながら働くケースも多い
・栄養士会として受けた仕事を地域活動所属栄養士に振り分けることもある

<仕事例>
・開業医の栄養指導
・JA米ふれあいスクール講師
・栄養ケアステーション講演
・共同調理場委員
・文化生涯学習課の委員
・在宅医療・栄養推進員など

 

◆グループワーク

私達の班は「学校における子ども達の健康課題をどう解決するか?」をテーマに意見交換を行いました。

●学校給食をとりまく現状
・新型コロナウイルス感染症対策のため給食スタイルが変わっている。
・学校現場では教員に多くのことが課せられ、忙しくて食育に力を入れられない。

●肥満や糖尿病など病院指導を受けた子ども達にどう関わる?
・食育=生活。特に家庭生活と密接にかかわる。
・家族の理解と協力が食生活の見直し、生活改善に必要
・栄養指導によって変わる人は「素直な人」「家族が協力的な人」
・課題を持つ人との関わりは多職種連携で⇒様々な角度からの支援が効果につながる
・子ども達が病院で受けた指導の資料(紙媒体)を見せてもらい、統一した見解で指導してはどうか
・虫歯の子には肥満が多いとのデータもある
・栄養士はとかく「ごはん1杯は何グラム」という指導になりやすいが、日頃から飲んでいる飲料など、食生活全般に注意を払うべき

●まとめ
「子ども達の食に関する課題は、一生をかけての課題。適切な生活リズム、正しい食習慣を身に着けられるよう、何度でも働きかけましょう」

ーーーーーーー

様々な職場・領域で頑張っている同職種の皆さんの活動を知り、様々な意見を聞くことができて、とても有意義な時間でした。
現場を離れて2年近くになりますが、管理栄養士としてのスキルを磨き続けられるよう、地道に勉強していこうと思います。
関係者の皆様、ありがとうございました。

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